赤ちゃんが大人の表情やしぐさを真似る動きは、生まれて数週間のうちから確認できます。発達心理学ではこれを「新生児模倣」と呼び、生後2か月ほどで目立たなくなったあと、生後6か月を過ぎるころから感情表現を映し取るような、より社会的な模倣へと形を変えていきます。育児情報の現場では、こうした赤ちゃんの模倣行動を「ミラーリング」という言葉で紹介することが増えました。この記事では、赤ちゃんのミラーリングがいつごろから見られ、月齢を追うとどんな発達段階の目安があるのかを、新生児模倣からミラーニューロン、1歳半健診のチェック項目まで順番に整理します。あわせて、恋愛やビジネスの場面で語られる心理学用語としてのミラーリング効果と、赤ちゃんの模倣がどうつながっているのかにも触れます。

赤ちゃんのミラーリングは生後2週間ほどの新生児模倣から始まる
赤ちゃんの模倣行動として最初に観察されるのは、生後まもない時期の「新生児模倣」です。アメリカの発達心理学者アンドリュー・メルツォフらは、生後わずか数週間、報告によっては生後30分ほどの新生児であっても、大人が舌を出したり口を大きく開けたりする様子を見せると、同じような舌出しや口の動きを返すことを確認しました。生まれたばかりの赤ちゃんは自分の顔の位置や動きを認識できないはずだと考えられていた時代に、この発見は乳児研究に大きな驚きをもたらしました。
新生児模倣は、生後2か月を過ぎるころには自然と見られなくなっていきます。能力が消えるというより、脳と身体の発達が次の段階に進み、別の形のやり取りに置き換わっていくためだと考えられます。舌出し行動が本当に「模倣」と呼べる現象なのかについては研究者の間で議論が続いており、単純な反射に近いという見方をする研究者もいます。それでも、生まれてすぐの赤ちゃんが他者の顔の動きに反応し、自分の顔を動かすという事実そのものは、複数の研究で繰り返し確認されています。
メルツォフは、新生児模倣を含む乳児の模倣能力を手がかりに「like me(自分に似た存在)」理論を提唱しました。赤ちゃんは、自分と同じ動きをする他者を、自分と同じ心を持つ存在として少しずつ認識していくという考え方です。生まれてすぐの模倣は、単なる動作の真似ではなく、他者理解という高度な社会的能力が育つ出発点として位置づけられています。
生後6か月を過ぎると感情表現のミラーリングがはっきりしてくる
赤ちゃんの模倣行動を支える脳の仕組みとして知られているのが「ミラーニューロン」です。ミラーニューロンは、自分が動作を行っているときだけでなく、他者が同じ動作をしているのを見ているときにも活動する神経細胞で、相手の動きを目で見て脳内で疑似体験し、実際に自分の身体でも真似てみるという流れを支えています。
研究チームは、生後6か月と12か月の乳児を対象にした実験で、赤ちゃんが他者の感情表現をミラーリングする様子を確認しています。30か月、つまり2歳半ごろの子どもを対象にした研究でも、他者の表情を観察しているときと自分がその表情を作っているときの両方で、ミラーニューロンシステムに関連する脳活動が見つかっています。これらをあわせて考えると、赤ちゃんのミラーリング能力は新生児期の反射的な模倣から始まり、生後6か月以降は感情を映し取るような、はっきりとした模倣として観察しやすくなっていくといえます。
月齢別に見る模倣・ミラーリングの発達段階の目安
赤ちゃんの模倣行動が月齢とともにどう変化していくか、目安を表にまとめました。発達のスピードには個人差が大きく、ここに示す月齢はあくまで一般的な目安です。
| 月齢の目安 | 主な模倣・ミラーリング行動 |
|---|---|
| 生後0〜1か月 | 新生児模倣として舌出しや口の開閉を真似る動きが見られることがある |
| 生後1〜2か月 | 新生児模倣が目立たなくなり、あやされると笑う社会的微笑が増える |
| 生後3〜4か月 | 大人の顔をじっと見つめ、表情の変化を目で追うようになる |
| 生後5〜6か月 | 喃語が活発になり、他者の感情表現をミラーリングする様子が確認されている |
| 生後7〜9か月 | 大人の行動に強い興味を示し、いないいないばあなどの身振り遊びを真似る |
| 生後10〜12か月 | バイバイや拍手の身振り、簡単な言葉の音を真似ようとする |
| 1歳〜1歳3か月 | 電話ごっこや食べるふりなど、過去に見た行動を再現する遅延模倣が始まる |
| 1歳半〜2歳 | ごっこ遊びが本格化し、相手の表情から気持ちを読み取ろうとする |
生後7か月から9か月は大人への興味が模倣を後押しする時期
生後7か月を過ぎると、赤ちゃんはママやパパをはじめとする身近な大人の行動に強い興味を示すようになります。大人が話す言葉の抑揚や口の動きに反応し、真似るような声を出したり、大人の声かけに対して身振りや表情で応じたりする様子が見られます。いないいないばあのような単純な身振り遊びを喜び、自分でも真似て手で顔を隠そうとするなど、模倣を使った遊びがこの時期に成立し始めます。
人見知りが始まる子どもも多く、愛着のある大人とそうでない人を表情や態度で区別する様子もあわせて見られます。人見知りは模倣の力が育っている裏返しでもあり、相手が誰かを見分け、その相手にどう反応するかを選べるようになっている証でもあります。
1歳前後からは遅延模倣とふり遊びが始まる
歩き始める子どもが増える1歳前後になると、大人の日常的な動作、たとえば電話をかけるふりや掃除をするふり、食べるふりを真似た「ふり遊び」が始まる子も出てきます。これは、目の前にない過去の行動を記憶から引き出して再現する「遅延模倣」と呼ばれる、より高度な模倣です。単純な動作をその場で真似る即時模倣から一歩進んだ発達段階といえます。
言葉の面でも、大人の言葉を繰り返そうとするオウム返しが増え、模倣が言語獲得の重要な足がかりになっている様子がうかがえます。1歳半から2歳ごろにかけては、ごっこ遊びやふり遊びがより本格的になり、大人や年上の子どもの行動を観察して真似る力もいっそう育っていきます。
1歳半健診では積み木の模倣や指さしが発達確認の項目になっている
模倣行動は、育児情報だけでなく実際の乳幼児健診の場でも、発達を見極める手がかりのひとつとして扱われています。厚生労働省が定める1歳半健診の項目には、身体発育状況や栄養状態、四肢運動障害の有無などとあわせて「精神発達の状況」「言語障害の有無」が含まれており、この中で保健師や医師は、言葉の理解や発語の有無、指さし、模倣行動などのコミュニケーション能力を観察します。具体的には、意味のある言葉を話せているか、アイコンタクトができているか、大人の指示を理解できているか、積み木を使うなど簡単な動作を模倣できているかが、確認のポイントになります。
つまり「大人の簡単な動作を真似できるかどうか」は、1歳半という時期の発達確認の目安として、健診の現場でも実際に用いられている観点です。日々の暮らしの中で赤ちゃんが大人のしぐさや言葉を真似ようとする様子は、コミュニケーション能力や言語理解が育っているサインのひとつとして捉えられています。
健診の場で模倣の様子を見られると聞くと身構えてしまう親もいるかもしれませんが、積み木を積む、バイバイをするといった行動は、家庭での遊びの延長として自然に確認されるものです。健診当日にたまたま機嫌が悪く、いつもならできる動作を見せなかったという場合もめずらしくありません。1回の健診結果だけで一喜一憂せず、普段の家庭での様子もあわせて保健師や医師に伝えると、より実態に近い評価につながります。
親が赤ちゃんの声や表情を真似すと愛着形成が進む
赤ちゃんが親の表情や行動を真似ることは、発達の一過程であると同時に、親子の愛着形成にも深く関わっています。赤ちゃんは「うれしい」「たのしい」「かなしい」といった自分自身の感情を、相手の表情を見てミラーリングすることで理解していきます。親が笑顔を見せれば赤ちゃんも笑顔になり、その表情の変化を通じて、これがうれしいという感情なのだと体感的に学んでいきます。
研究チームは、乳幼児がうれしい刺激に対して見せるミラーリングの程度が、親自身のミラーリングの多さや共感能力の高さと関連していることを報告しています。悲しい刺激に対する乳幼児のミラーリングは、親子がどれだけ長く見つめ合っているかという相互注視の時間とも関連しているとされます。親が赤ちゃんの表情をよく真似て返し、赤ちゃんとしっかり見つめ合う時間を持つことは、赤ちゃん自身の共感力や感情理解の発達を後押しする関わり方だといえるでしょう。
保育や育児の専門家は、赤ちゃんの声をそのまま真似して返してあげると、赤ちゃんは相手が自分の声を受け止めてくれたと感じ取り、そこからコミュニケーションが始まって気持ちが通じ合う感覚を得られると説明しています。赤ちゃんの動きや声を真似することから関わりを始めるのは、赤ちゃんが会話の楽しさを知る最初の一歩になります。
発達心理学では、赤ちゃんが笑う、泣く、あとを追う、しがみつく、呼ぶといった行動を通じて親との関係を築いていくと説明されます。母親をはじめとする養育者がこうした行動に適切なタイミングで応じると、赤ちゃんの愛着が形成され、それが情緒の安定や人との関わり方の土台になります。母子相互作用の研究では、視覚や聴覚、触覚、嗅覚といった五感を通じたやり取りが積み重なることで、親子の結びつきが育っていくと説明されています。赤ちゃんの表情や声を親がミラーリングして返す関わりは、こうした五感を通じた相互作用の一部として位置づけられます。
模倣は一方通行ではありません。赤ちゃんの模倣行動が発達していくにつれて、今度は赤ちゃんの方が親のしぐさや口ぐせを真似るようになります。乳幼児は模倣の名手であり、日々の言葉づかいや態度がそのまま赤ちゃんのお手本になっているという意識を、育児の中で持っておく価値はあります。
マザリーズで話しかけると赤ちゃんの模倣が育ちやすくなる
赤ちゃんへの声かけでは、高めのトーンでゆっくり、抑揚をつけて話す「マザリーズ」と呼ばれる話し方が有効です。赤ちゃんに目を合わせ、笑顔でマザリーズを使って話しかけると、赤ちゃんはその声に耳を傾けやすくなります。周りの大人が赤ちゃんの声に繰り返し反応していると、赤ちゃんは自分のことを真似してくれている、見てくれているという喜びを感じ、次第に大人のやることも真似してみようという気持ちが育っていきます。
呼びかけに振り向いたり、目を合わせたりする行動も、赤ちゃんなりのコミュニケーションのサインです。赤ちゃんは呼びかけに気づいたという合図を大人に送り、やり取りを始めようとしています。話し始める時期には個人差があり、早ければよいというものでもありません。声かけのペースを急がず、赤ちゃんの反応を待ちながら繰り返し関わることが、模倣を通じたコミュニケーションの土台になります。
家事や仕事で忙しく、赤ちゃんに向き合う時間を長く取れない日もあるでしょう。その場合も、おむつ替えや着替えといった短いやり取りの合間に、赤ちゃんの表情を真似て一言返すだけで構いません。前述の相互注視や愛着行動への応答に関する研究をふまえると、大切なのは関わる時間の長さそのものより、赤ちゃんの反応に気づいて返すというやり取りを日々繰り返すことだといえます。
模倣遊びは2歳から3歳にかけてごっこ遊びへ発展し観察力を育てる
1歳前後で始まったふり遊びは、その後さらに発展していきます。2歳ごろになると言語能力が急速に発達し、想像力も豊かになることで、1歳のころに比べてより複雑な動作や状況を表現できるようになります。人形にご飯を食べさせる、ぬいぐるみを寝かしつけるといった見立て遊びが広がるのも、この時期の特徴です。3歳ごろになると想像力と言語能力がいっそう育ち、一人で行う模倣遊びから、友達や兄弟姉妹と展開する本格的なごっこ遊びへと発展します。
模倣遊びは単なる真似っこにとどまりません。目や耳で観察したことを記憶し、身体で再現する過程で観察力や記憶力、運動能力が同時に育ちます。大人や他の子どもの役割を演じることで、相手の立場に立って考える力や、社会的なルール、言葉の使い方を体験的に学ぶ機会にもなります。
ビジネスや恋愛で使われるミラーリング効果は赤ちゃんの模倣と根が同じ
「ミラーリング」という言葉は、もともとビジネスや恋愛の文脈で使われる心理学用語としても知られています。心理学的な意味でのミラーリングは、相手の姿勢やしぐさ、視線、表情の一部をまねて、自分の動作に取り入れることを指します。動作だけでなく、相手が使う言葉や声のトーン、会話のテンポを真似ることも含まれます。人は好意を持っている相手や心を許している相手に対して、無意識のうちに表情や動作を真似てしまう傾向があるとされ、逆に相手の動作をさりげなく真似ることで、親近感や信頼感を与えられるとも紹介されています。営業や接客、初対面の商談、恋愛のコミュニケーションスキルとして語られることが多い理由です。
赤ちゃんの発達における模倣と、大人同士のコミュニケーションにおけるミラーリング効果は、対象年齢も文脈もまったく異なります。それでも、他者の表情や動作を自分の中に映し取ることで相手との心理的な距離を縮めるという仕組みそのものは共通しています。どちらもミラーニューロンに代表される、人間が生まれながらに持つ模倣と共感の働きに根ざしており、発達の初期に培われた模倣の力は、生涯を通じたコミュニケーション能力の土台になっています。
赤ちゃんが真似をしなくても自閉スペクトラム症と即断できない
「うちの子はあまり真似をしないけれど大丈夫だろうか」という不安を抱く親は少なくありません。生後9か月ごろから、赤ちゃんは大人が日ごろ行っている動作や声を観察して真似したがるようになります。大人の真似をすることは、子どもが周囲の人に興味を持っている表れであり、言葉を覚え、生活習慣を身につけるうえでも重要な、対人コミュニケーションの第一歩です。
自閉スペクトラム症の子どもは、自分から周囲を真似ようとする力が弱い傾向があります。小児科医は、そうした場合には大人の側から積極的に子どもの表情や声、動作を真似して返す関わり方がポイントになると説明しています。
ただし、模倣行動が少ない、あるいはまだ見られないというだけで、発達障害だと判断できるわけではありません。小児科医は、真似をしないからといって発達に問題があるとは限らないので心配しすぎないでほしいと助言しています。模倣行動には個人差があり、月齢の目安からずれていること自体は珍しくありません。視線が合いにくい、名前を呼んでも振り向かない、指さしをしないなど、複数の気になるサインが重なって見られるようであれば、乳幼児健診の場や小児科での相談を通じて専門家の意見を聞くと安心につながります。
模倣行動には、実験環境と家庭環境とで現れ方が変わるという特徴もあります。専門家との面談のような慣れない場では、普段家庭でできている真似を人前で見せたがらない子どもも珍しくありません。逆に、実験室では確認しにくかった模倣行動が、家庭でリラックスした状態のときには自然と見られることもあります。1回のやり取りだけで判断せず、家庭での普段の様子を含めて総合的に見ていく姿勢が大切です。
赤ちゃんのミラーリングは日々の声かけの中で育っていく
赤ちゃんのミラーリング、つまり模倣行動は、生後まもない新生児模倣という反射的な現象から始まり、生後6か月前後からの情動模倣、生後7〜9か月の身振り遊び、10〜12か月の意図的な身振りや言葉の模倣、そして1歳以降の遅延模倣やふり遊びへと段階を追って発達していきます。この一連のプロセスの背景には、ミラーニューロンと呼ばれる脳の仕組みが関わっており、赤ちゃんは他者の表情や行動を見て脳内で疑似体験し、実際に真似ることを通じて感情の理解や言語、社会性を獲得していきます。
月齢ごとの目安は、あくまで参考として受け止めてください。多少の目安のずれで焦る必要はなく、日々の育児の中で赤ちゃんの表情やしぐさに目を向け、声を真似して返す、見つめ合う時間を作るといった応答的な関わりを積み重ねることが、赤ちゃんの健やかな発達を支える一番の土台になります。
心理学用語としてのミラーリング効果は大人同士の信頼関係づくりのテクニックとして語られますが、赤ちゃんのミラーリングは、生きていくために必要な感情理解や社会性の土台を築く発達の過程です。特別な道具や早期教育の教材がなくても、毎日の声かけと表情のやり取りの中で、赤ちゃんの模倣する力は少しずつ育っていきます。








